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室町時代の京都


お久しぶりです👸✨

約一ヶ月ぶりに京都に行きました❗️



年度終わりはバタバタしますね・・・

恋人も友達もおらず特に予定もないのに何故か忙しくしていました(爆笑)



実は仕事先が移動になりアウェイ感満載でストレスフルです😞💦今回も京都に癒されましょう💖


前回は鎌倉時代の京都についてでしたが、今回は室町時代❗️南北朝時代についてです❗️





大覚寺


元々は第1回ダークネスツアーに登場した小野篁たちが遣唐使に任命された、平安時代初期に、52代目嵯峨天皇大覚寺にお引越ししたのがはじまり😺😸


平安時代律令再建期、摂関政治姫、院政期の3つに分けられるらしいよ)(桓武天皇嵯峨天皇律令再建期)(またお勉強しないと)



それでまあいろいろあって、室町時代になり、1268年に後嵯峨天皇、1289年に亀山上皇、1308年に後宇多天皇大覚寺にお引越しして作られたのが大覚寺統という派閥🤣🌈

持明院統と呼ばれる足利尊氏たちの武家政権チームと戦いました・・・




だけど、武力のない天皇政権チームの後醍醐天皇は南の田舎(奈良県吉野)の方へと逃げました😮💭


持明院統 武家政権 北朝 🆚 大覚寺統 天皇政権 南朝


たぶんこんな感じのノリだと思います❣️



60年後に後亀山天皇が謝って仲直り(南北朝合一)できたのでとりあえず良しとしましょう👌✨✨



その仲直りした場所も大覚寺なんですねぇ〜



大覚寺に興味を持ったきっかけが京都ぎらいという本🤣🌈



この本の主な内容が「嵯峨の人間は洛中の京都人から田舎者と蔑まれている」というものなのですが、確かにすげえ静かなところ☺️✋️💜



かと思いきや、この日は華道祭というお祭りが開催されており、おばさま方が大はしゃぎ❗️カメラまで入る事態で全く落ち着かない・・・




藤と蘭がダイナミックすぎてやばい🙇‍♀️ もはやパンク🙇‍♀️

大覚寺は華道の嵯峨御流の総司所らしい


華道の流派による違いなんて全然わからないけど、いい感じのパワーを感じ取りました♡




これは大沢池 月の名所らしい



見所は色々あるみたいだけど、いちばん可愛いのは野兎図子供部屋かな?萌えるね💗💗



というわけで大覚寺❗️

室町時代を堪能いたしました♡




ちなみに先ほど奈良県吉野田舎呼ばわりしましたが、ちょうど去年の今頃花見に行き、それはもう強烈な感銘を受けました。京都の整頓された心地よさとは違い、自然のバカでかい美しさが身に沁みました。

去年は雨に降られたので、きっとまたいつか行きたいです😺😸